大川隆法総裁の書籍『正しい供養 まちがった供養』より抜粋で、先祖供養に関する法話をお届けします。

感謝の思いが故人の徳になる

先祖供養と言っても、天国に還った人と地獄に堕ちた人とに大きく分かれます。 天国に還った場合は、「この世の修行を見事に完成して、卒業した」ということになります。死というものは、いわば、この世の卒業式であり、あの世へ行くことは入学式なのです。


したがって、本当は、死はおめでたいことであり、遺された人たちは、天国に還った人に対して、「見事に修行を終えられ、おめでとうございます」と言うべきなのです。


そして、「私たち子孫は、先祖のみなさんを誇りにしております。みなさんを手本にして、これからも努力・精進してまいりますので、どうか、私たちをご指導ください。また、みなさんのご恩や徳に報いるため、毎年、お彼岸やお盆の季節には、みなさんに感謝をさせていただきたいと思います。この気持ちを、どうか、お受け取りください」と言えばよいのです。


肉体を頂いたことをはじめ、先祖からは、いろいろな恩を受けているでしょうから、毎年、1回か2回は、きちんと感謝することが大事です。毎日する必要はありませんが、年に1、2回は、思い出して感謝してあげると、天国に還った先祖もうれしいものなのです。


子孫から「ありがとうございます」と感謝されるということは、先祖に徳があったことを意味します。あの世で、周りの友人たちから、「あなたは子孫から非常に慕(した)われていますね。生前、ずいぶん徳があったのでしょう」と言われるので、あの世の人にとっても、やはり、うれしいのです。


また、友人や知人が亡くなった場合も、地上の人が思い出してあげると、彼らは、うれしいものなのです。反対に、誰からも供養してもらえないということは、遺族や子孫に見捨てられたか、生前、多くの人から嫌われていたことになります。


遺された人たちが進んで供養をしてくれるということは、その人に何らかの徳があったということなのです。要するに、天国に還った人に対しては、地上の人間が救済する必要はないので、あの世での活躍を祈るとともに、「私たちに対して、ときどきはご指導ください」と祈ればよいのです。

供養は真理を学んだうえで行うことが大事

一方、先祖供養で大変なのは、地獄に堕ちた人の場合です。やはり、先祖供養は、しっかりと真理を勉強した上で行っていただきたいのです。


死んだ人が霊界についての知識をまったく持っていないと、その人は、私の説法を聴いても、自分の波動と合わないことが分かるだけで、法話の内容を、すんなりとは理解できません。 生きている人たちのなかにも、私の説法を聴いて理解できない人がいますが、死んだ人でも、そういう人がいるのです。


したがって、先祖供養の際には、子孫が、亡くなった人のレベルに合わせて、私の説いている教えの一部をかみ砕き、その人に分かるようなかたちで伝えてあげることが大事です。


墓参りをしたり、線香を上げたり、仏飯(ぶっぱん)を供えたりしても結構ですが、そのときに、その人の生前の生き方で、「この人の間違っているところは、たぶん、ここだろう」と思える点について、その人に必要な真理を、口に出してもよいし、心のなかで言ってもよいので、かみ砕いて話してあげることです。

★9月ザ伝_スペメ

※本記事は機関誌「ザ・伝道」 9月号(No.223)に掲載されています。機関誌は全国の幸福の科学の精舎支部にご用意しておりますので、ぜひお気軽にお立ち寄りください。


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